「進撃の巨人」の謎が分かった

考察が正しければ、ネタバレになってしまいます。ご注意ください。

無知性巨人が反応するのは人ではなく人の意志ではという考察

 

87話において、クルーガーは無知性巨人をこう語っている。

 

知性のない巨人となってな。人を感知し、人を追跡し、人を喰らう。ただそれだけを死ぬまで繰り返す。

 

クルーガーの言うとおり、無知性巨人は人以外を食べない。馬や他の生物には見向きもしない。しかし一点、例外がある。知性巨人だ。無知性巨人は、なぜか知性巨人(ジークと座標発揮状態のエレンは別)を食べようとする。なぜ?

 

意志をなくした者が、意志を見つけて喰う

 

この疑問に対し、私は「無知性巨人は人を喰うのではなく、正確には人の意志を持っている者を喰う」と推測している。そして逆に無知性巨人になるということは、急速に人間の意志がはぎ取られ、最後には意志が全くなくなってしまうことではないかと考えている。意志をなくした者が、意志を見つけて喰うという図式だ。

 

「うなじの中」と「壁の中」は同じ?

 

一方知性巨人は、意志を残したまま巨人化する。「なるほど、じゃあこの意志という点においては無知性巨人と知性巨人は全くベツモノなんだね」と言われると、実はそうでもない。

エレンが巨人化した最初のころを思い出して欲しい。コントロールが効かず、ミカサを殺そうとしたときだ。あのとき巨人の中にいたエレンがどんな状態だったか。エレンは平和な日常にいた。死んだはずの母親もそこにいる。いつもの温かい自分の家だ。エレンは言う。

 

何言ってるかわかんねぇよ、アルミン。なんで外に出なきゃいけないんだ…

 

そう、これって壁の中の人たちの普通の生活そのものなのだ。昔別のブログでこんな記事を書いた。

 

「うなじの中」と「壁の中」は同じ? 進撃の巨人 考察・推理ブログ【ネタバレあり】

 

↑の内容に付け加えたい。

「これって楽園と言えなくもないのでは?」

人間的な意志が消えるということは、イコール苦しみも消えるということで、実はとても気持ち良かったりするのではないか(ただここは、ユミルのセリフとは反している)。つまりマーレがパラディ島を楽園と呼ぶのは、もともとは皮肉ではなかったのではないか。そして本当の皮肉とは、レイス王がパラディ島という狭い世界の中で作りたかった楽園が、まるで無知性巨人の中のようなものだったのではないかということだ。

 

なぜ戦士は子供?

 

まあそれはさておき、だからこそ知性巨人には選ばれし者しかなれないのではないか。マーレが5~7歳で、しかも少数の戦士を求めるのには当然ワケがある。もちろん知性巨人が恐らく9つ(マーレには7つ?)しかないことも、あとヨク語られているように年齢的な理由もあるだろう。ただジークがそうであるように、幼い方が洗脳によって特定の意志をもたせやすいという点も関係があると思う。

 

ユミル=ユミル・フリッツ


ちなみに無知性と思われる巨人が、即座に人を喰おうとしなかった(それどころか喋った)例が2つある。5巻のイルゼの日記で出てきた『ユミルさまよくぞ』の巨人とコニー母だ。
もしこの「人間の意志」という仮説が正しいのであれば、コニー母は無知性巨人になりたてだからしゃべれたのかもしれない。それだけではなく息子への愛情の強さもあるかもしれないが。

ユミルさまよくぞ巨人はどうだろうか。巨人歴はよく分からないが、少なくともコニー母よりはなりたて感はなさそうだ。ただ何にせよ、ユミルに似たイルゼを見て敬服の意まで示したということは、よほどユミルに対しての強い思いがあったと推測できる。

ということは以前↓で書いたように、ユミルはやはりユミル・フリッツだったのではなかろうか。

 

www.riarebi.net

 

ユミルはフリッツ家の正当な後継者だったのではないか。もしくは影武者的にユミル・フリッツに仕立て上げられたという可能性もあるが、どちらにせよ、ユミルはマーレ内でユミル・フリッツとして生き、ユミルフリッツとして死んだ(無知性巨人となった)と思われる。悲劇のラスト・エンペラーのような形で。

 

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