「進撃の巨人」の謎が分かった

【a.k.a. 進撃の巨人 ネタバレ考察マガジン】 考察が正しければ、ネタバレになってしまいます。ご注意ください。

【考察】虐殺者エレンがサシャ父やマガトと同じである理由【最終巻までのネタバレあり】

 

 

まず結論から書きます↓

「エレンはサシャ父やマガトのように、未来の子供たちが巨人化せず(生まれながらに使命や憎しみを背負わず)、普通に生きていける世界の実現のためだけに進み続けた。

一見エレンの『巨人のいない世界のためだけに進み続けた』という最終話での言葉は、彼の『巨人を一匹残らず駆逐する』という欲望に結びつくように思うかもしれないが、それでは矛盾が生じる」

これが今回の記事の主旨です。

 

もちろん、この考察が絶対とは思っていません。

でも、少なくとも解釈の1つに加えても良いくらいの可能性はクリアできているのではと考えています。

それでは書いていきます。

 

 

【目次】

 

 

エレンが最優先させたのは「巨人のいない世界」

 

 

エレンはいくつかの望みを持っていました。

「巨人をこの世から駆逐したい」「この世の全てを平らにしたい(地鳴らし)」「仲間たちに長生きしてほしい」などなど。

「巨人のいない世界の実現」は、そんなエレンが何よりも優先させた望みだったわけです。

なぜそう言えるか。

エレンのこの言葉ですね↓

 

 

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「進撃の巨人」139話より

 

 

エレンの言う「その結果」とは、言うまでもなく「巨人の力をこの世から消し去ること=巨人のいない世界の実現」です。

つまり極端に言うと、巨人のいない世界の実現のためなら、8割の人類を虐殺しても、パラディ島で殺し合いになっても、大切な仲間が生き残れなくてもしょうがないとエレンは思っていたわけです。

 

まあ、あくまで「極端に言えば」です。

実際には、サシャが死んでしまったときのエレンの苦しみなんかを見ると、コトが単純でないことはすぐに分かるかと思います。

(もちろん、このときエレンがアルミンにウソをついている可能性もありますが、うーん、他の要素から考えても、エレンがここで嘘をつくとは考えにくいなと。どうでしょうね)

 

では、なぜエレンは「巨人のいない世界の実現」を何より優先させたのでしょう。

パッと結びつくのは、「巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる」というエレンの思いではないでしょうか。

少なくとも私はそうでした。

しかし、「巨人のいない世界の実現」の理由が「巨人を駆逐してやる」だとちょっと納得いかない部分が出てくるなと。

ということで、どこらへんが納得いかないのか書いていきます。

 

 

「駆逐してやる」だとおかしい理由

 

 

エレンが「巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる」と固く決意した原因は明らかですよね。

それは母カルラの死です。

 

 

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「進撃の巨人」130話より

 

 

エレンの母カルラは、ダイナ巨人に食われた。

エレンはその瞬間をその目で見た。

いや、僕なんかにはとても想像できないくらいの衝撃だったと思います。

実際その光景を思い出して、訓練兵時代のエレンは吐いてしまうわけですし。

 

 

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「進撃の巨人」15話より

 

 

しかし最終話で明らかになったのは、ダイナ巨人をカルラに向かわせたのが他でもないエレンだったという事実です。

もちろん、エレンがダイナ巨人をカルラに向かわせなかったとしても、結果的にカルラが死んでしまった可能性は十分にあります。

しかし少なくとも、エレンが何度も思い出す「カルラがダイナ巨人に食われるあの光景」を作ったのは、エレン自身だったわけです。

「巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる」と誓った直接の原因を作り出したのは、なんと自分自身だったということです。

 

エレンがどの時点でこの事実を知ったのかはわかりません。

ですが重要なのは、エレンがこの事実を知った後=ダイナ巨人をカルラに向かわせると決めた後もなお、エレンは巨人のいない世界の実現のためだけに進み続けたということです。

 

これがもし「巨人を駆逐する」という動機のままだったらおかしくないですか。

いや、直接の原因を作ったのが自分自身だからといって、エレンの巨人を駆逐したいという思いがゼロになるなんてことはもちろん考えていません。

しかし、直接の原因を作ったのが自分自身と知った上でなお、虐殺や仲間の命などよりも巨人の駆逐の方が優先されたままとは考えにくい。

もちろん可能性がないわけではないですが、うーん、いややっぱり考えにくいですよね。

 

では、最後までエレンを「巨人のいない世界」のためだけに進み続けさせたものは何だったのでしょうか。

ここで出てくるのが「スクールカースト」です。

 

 

エレンは100年後の世界を見た

 

 

進撃の巨人の最終巻では「進撃のスクールカースト(以下、スクカー)」がエンドロールとして描かれています。

「エンドロール」ということなのだから、本編とつながっていると見るべきでしょう。

ここで思い出されるのが、120話でエレンが見た記憶の断片です↓

 

 

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「進撃の巨人」120話より

 

 

この描写は、明らかにスクカーのアルミンとミカサでしょう。

スクカーでは「100年前まで本当に巨人がいた」となっています。

つまり、スクカーは巨人のいない世界が実現した100年後であり、その100年後の世界の記憶をエレンは見たということになるわけです。

 

スクカーのアルミンとミカサの記憶を、エレンが100年後の世界として理解していたかどうかはわかりません。

しかし、エレンは「巨人のいない世界で、アルミンやミカサ(に瓜二つの子供?まあここの設定はそんなにこだわる必要はないかと思います)が普通に生活している姿」を見たわけです。

そして、「子供たちが普通に生きている」というキーワードで思い出されるのは、サシャの父(アルトゥル・ブラウス)とマガトです。

 

 

子供たちが普通に生きることが望み

 

 

111話。サシャの父アルトゥルは言いました↓

 

 

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「進撃の巨人」111話より

 

 

そして彼は、自分の娘を殺したガビを許しました。

 

129話。死を覚悟したマガトは言いました。

 

 

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「進撃の巨人」129話より

 

 

エレンは、アルトゥルやマガトが望んだ光景を実際に見たのです。

生まれながらに過去の罪や憎しみを背負うことなく、ただ普通に生きている子供たちの姿をその目で。

つまりエレンもまた、アルトゥルやマガトと同じ思いを、アルトゥルやマガトと同じくらいの強さで願っていたのではないかというのが私の考察です。

 

どうでしょうか。

エレンが巨人のいない世界を最優先させた理由が「巨人を駆逐してやる」以外にあるとするなら、私は今のところこの理由しか考えつくことができていません(もし、他に有力な候補があればぜひ教えてください)。

 

 

虐殺者エレンは本当に許されないのか

 

 

「エレンが最優先させたのは、子供たちがただ普通に生きる未来のためだったのでは」という考察をここまでしてきました。

では、そんなキレイな目的のためなら虐殺は許されるのか。

いえ、当然ながらそんなことはありません。

虐殺は決して許される行為ではない。

それはアルミンがエレンに向けた「最悪の過ち」にも表れているように思います。

 

しかし一度考えみたい。

虐殺は許されないが、虐殺者エレンは本当に許されない存在なのだろうかということを。

 

進撃本編で提示されていた選択肢は、おおむね3つでした。

  • 生贄(ヒストリアたちが、家畜みてぇに子供を産まされ殺される)
  • 民族絶滅(ユミルの民を子の産めない体にする=安楽死計画)
  • 虐殺(地鳴らし)

 

生贄は虐殺よりもマシなことなのでしょうか。

民族絶滅(安楽死)は虐殺よりもマシなことなのでしょうか。

 

もちろん、明確にどれが一番良くてどれが一番悪いと言い切れる人もいらっしゃるでしょう。

しかし、少なくとも私には非常に難しい問題のように見えます。

そして実際、虐殺をあれほど否定したハンジにとっても、大変むずかしい問題だったのだと想像できます。

 

 

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「進撃の巨人」107話より

 

 

一見、安楽死(民族絶滅)はまだマシな選択肢のようにも思えます。

今生きているユミルの民を殺すわけではないですし、「これから生まれてくるはずの未来の子供たちは、少なくとも今この時点で生きているわけではないあくまで想像上のものだ」と言われれば、否定はできないでしょう。

 

でもエレンにとっては全く違ったわけです。

エレンはその目で見ていたのです。未来の命の姿を。

しかもそれは単なる未来ではありません。

なぜなら、道では過去も未来もないから。

つまりエレンは未来の命の姿を、未来としてではなく今そこにあるもの、今生きている人たちと同列のものとして見ていたことになるわけです。

そして、その未来の命のためには虐殺(地鳴らし)がどうしても必要だった。

 

 

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「進撃の巨人」139話より

 

 

どうでしょう。

こう考えると、虐殺者エレンへの見方はかなり変わるのではないでしょうか。

 

「いや、エレンがもし『地鳴らしをせざるを得なかった』という心境だったらまだ話は分かる。しかし、エレンはどうしても地鳴らしをしたい人間だったんでしょ。しかも、アルミンたちに止められる結末が分かっていなくてもやっていたと言った。それが私にはどうしても許せない」

もしかしたら、このような反論があるかもしれません。

この反論はとてもよく分かります。

私も最初はこのような思いを抱いていました。

どれだけエレンが愛のバトンを受け取ってきたように見えても、どれだけ変化したように見えても、先天的な人格の前にはなす術もなかったのかと。

これも含めて、反社会性人格障害者の悲哀として受け取るべきなのかと。

 

 

 

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「進撃の巨人」123話より

 

 

しかし今回、単行本の加筆分とスクカーを見て、私は解釈を間違っていたのではと感じ始めているわけです。

ここらへんについては、まだ自分の中でまとまりきっていないのでどうだろうという気持ちもありますが、それも含めて先日ツイッターにスレッドで書いたので、良かったらご覧ください

 

https://twitter.com/edonopoh/status/1404788860186284036

 

※書いてて気づいたのですが、この部分はエレンとライナーの比較によってもっと見えてくるかもしれないなと。今度また改めて考えてみます。

 

 

最後に

 

 

最終話。

ミカサは始祖ユミルに言いました。

「奪われた命は帰ってこない。それでも、あなたに生み出された命があるから私がいる」と。

この言葉は、エレンにも当てはまるように思います。

 

先ほど「子供がただ普通に生きること」について書きました。

これはサシャ父やマガトの思いであると同時に、エレンの母カルラの思いでもあったわけです。

 

 

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「進撃の巨人」71話より

 

 

もし今回の考察の方向性が合っていれば、エレンはそんな母の愛を受け継ぐことができたということになるし、そうであって欲しいと私は望んでいます。

 

あと、最終的にハンジは虐殺者エレンをどう思ったのでしょうね。

 

 

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「進撃の巨人」130話より

 

 

130話のエレンの記憶の断片に出てくるハンジから考えると、アルミンや他の仲間たちと同様に、エレンは自分の死の前にハンジにも会って話をしたのだと思います。

エレンの思いを知ったハンジは、虐殺者エレンをどう感じたのか。もちろんわかりません。

ですが、私は最終的にハンジはエレンを許さざるを得なかったのではないかと妄想しています。

 

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「進撃の巨人」84話より